自分の人生、生きられてる?

日々感じた事、地域猫を保護したり、旅をしたり、読書をしたり。

精神病は、移る

初めての心療内科

初診だったので心理テストをして

すぐに診て貰えた。

診断名はパニック障害と、軽度うつ病、不安障害。

(この数年後、増えるよ。)

断乳は済んでいたので最後に血液検査と、よく効くという新薬を貰って帰るが

 

新薬、効きすぎて起きられない。

家事もできない、お手洗いさえ我慢してしまう程寝てしまう。

ネグレクトやないか…と思い、薬を変えて貰う。

 

鬱は心の風邪とか、心の骨折とかいうが本当だな。と、思う。

骨折?と言うか、隣の人のあくびが移ったレベル。

サッカー部、野球部、剣道部、柔道部位のスタメン張ってた位のメンタルでなければ簡単になりそうな気がする。

 

そもそも、発端は姑。

姑家の隣家は、中々人の借り手がない。

結婚後、隣に住めと言われ、一度は悩んだが

その後

職場の人に「生まれて初めてお家に招待されたんばい!」と大喜びしていた様な人柄なので、驚いた。

赤の他人から見ても「そう言う、ヒト」なのだ。

 

中絶促進、産むと決まったら「わたしがお世話するばあい!」

夫や夫姉に悪趣味な名前を付けといて「夢で、夫くんの赤ちゃんの事、ユウ君と呼んでたき。

ユウ君って付けちゃ、どうっちゃろかと思って」

 

舌が短いのか、喋り方を聞いただけで上げてくるもんがある。

 

わたし、こういう事を事細かに覚えてるから

病んだんだなーと。

でも、忘れたら許してしまい一生付き纏われる…。

 

姑の人格は、わたしから後の後世に残していかなくてはいけない

負の歴史。

 

認知症になってもわたしよりも長生きするんだろうな…

早いうちに手を切らねば…

と、思い。

諸々の精神疾患を隠し、パートにでる事にする。

 

子供が、熱を出した時に病院に連れて行けるように夜勤で働いた。

 

昼は子供と遊び、家事をし出勤。

PC入力でミスりまくる→パニック→注意される→パニックの悪循環だった。

 

わたしって、こんなに頭悪かったっけ…と放心状態で退職を申し出て、転職する。

 

そして転職した先は

お子さん達も成人して家庭持ってるのに参賀日でないとか、そんなおばちゃん達と働き始める。

三交代なので、本当に給料が低い。

一番長い人が、ハウスルール作ってる。

本社に問い合わせて「そんなルール有るんですか?と聞くと」

「ありません!勝手に決めてるんですね…」と

 

丁度、わたしの入社したタイミングが良かったみたいで、子供を通して共通の知人がいる人と、マイペースで穏やかな人と同期になった。

母としても大先輩で、敵は皆一緒でとても気持ちが楽だった。

 

その後、父の脳腫瘍が突如発覚する。

父に最後に面会に行った時まで、奇跡を信じた。

信じてると思わないと、父が居なくなってしまうと思ったから。

8年経つが、未だに声も表情も仕草も足音も覚えている。

 

そうして、ロリコンなんだか熟女好きなんだか(杉本彩さんとか、永作ひろみさんだったら素敵よね…)な出会い系好きモラハラザコン夫は

 

結婚してから一度も、わたしの親に会っていなかった。

理由は「嫌いだから」だそうだ。

 

臨終のになって、やっと顔を出した。

だが、もう父は、体はあるが意識は無だ。

毒母に謝ってる姿が憎たらしくて仕方なかった。

 

「誤り、礼を言う相手がちげーだろ」と

怒鳴る気力もなく、わたしは言った。

姑の暴走とパニック障害

そんな訳で離婚せず第二子を、もうけ

今に至る。

 

第二子を授かろうと思ったのは

第一子に負担をかけない為、第一子を暴君にしないためであった。

 

が、体を張った浮気調査でもある。

 

拒否をされてる間は、フ〇ボのちびすけとのやり取りがあった。

避妊具、謎の持ち歩き。

筋トレで6キロ落とす。

 

一度、見抜かれたから今度は万全の気を持して

奴は浮気をしている。

 

今でいうマッチングなどやってるなら、ほぼ性病を持っているだろう。

 

だが、引っ掛からず

わたしも悪阻が酷く、出産まで尻尾を掴む行動してるけど悪阻の辛さには勝てず

幼稚園児の世話と家事に明け暮れていた。

 

そして、予定日より数日早く陣痛が来た

 

第二子を産んだ産院は、実母、夫、子供以外産後三日間は出入り禁止という建前を建ててくれていた。

 

そこで、出たトメ。姑は、期待を裏切らない痴態を晒してくれる。

「わたしは、夫君の実母ばあい。

何で、あったらいけんの!」

完全に、社会に出しちゃ駄目な人です。

 

姑は、「〜ばい。」と端的に切らず「〜ばあい。」と伸ばす。

それさえ吐き気。

幼児期好きだった、おぼっちゃま君でさえ「〜ばいっ!」と言い切っていた。

 

そうして、産後3日目。

お祝い金を持たず、勤務先のスーパーで売ってる菓子を、わたしに持ってくる。

うちの毒母でさえ、看護師さん助産婦さんに菓子折り持ってきたんですが…

 

そして、定例の「赤ちゃんのお世話をしたいっ」

胸の前で両拳を作って、昭和漫画ポーズ。

あれから、5年経って見た目も老いているのに

精神年齢は変わらない。

 

夫に「あんたの親なんだから、しつけて」

(嫁をしつけんといけんきね。姑と夫とのやり取りであったので)と数年経ってお返しして差し上げた

 

退院する日、何故か産院から離れたく無くて涙が止まらない。

入院する日は、上の子と離れたく無くて心臓がバクバク言ってたのに。

荷物を持って車に乗り、産院を後にするが

どうしようも無く泣けてくる。

苦しい。

 

産後うつって奴だろうと思い、自宅へ帰ったが

家の中、苦しい。

 

授乳も、カーテンを閉め外気を吸いながらしていたが、それ以前に息の吸い方が分からない。

 

毒母に話すと、弟と毒母が迎えにきてくれて父が食べたい物買ってあげてと言われ寿司を買って実家に

帰る。

実家で、愚痴を言い犬達と触れ合って、夫にバレないように帰る

 

わたしが、実家に帰ってる事を知ったら「おれのお母さんには会わせない癖に」と怒号を上げてくるからだ

 

そうして、家に帰えると又苦しい。

 

前に書いた、子持ち宅に油を撒くバブリーBBAがいるから、窓を四六時中全開にも出来ない。

 

何週間か、週末は実家の家族の救出劇で家族と犬達と過ごせたがある日

 

息ができない、手が痺れる、目の前が真っ黒で

しゃがみ込む

産後うつの時期は、とうに終わってる。

これはもう駄目だと思い、地域の児童センターに相談する。

翌々日に、助産師の資格を持った職員さんが来てくれて今の状態を話すと心療内科に緊急来院となった。

 

 

サレ妻

数週間、口を聞かない日々を送っていた。

 

そうして、新しい携帯を買って真っ先に姑に電話したらしく

姑から電話があった

トメ「ユキチさん、夫君と喧嘩したと?警察が来たって聞いたき。あの優しい子が、そんなことするっちゃぁ?と思って」

わたし「夫さん出会い系をしていて、年齢は31歳までのポッチャリ系の独身を探していました。」

トメ「あの子気が小さいき、会うつもりはなかったと思うよ。」

わたし「いやいやいや。メールのやりとりだけなら、ポッチャリだろうが、ガリガリだろうが関係ないでしょう。ましてや独身とまでしていしてありましたけど?」

トメ「情けない…。あの子どうしちゃったっちゃろか?」

 

いや。わたしが如何に駄目か洗脳したの、お前な。

10歳位上が合ってたのにとか。

見た目が、大したことないとか。

貧乳とか。(姑はノーブラなトリプルAカップなのでCカップのわたし、言われたくない)

 

面倒だから、わたしは子供の習い事を理由に電話を切る。

 

その日、夫は子供が成長するまで仮面夫婦で。

と、提案してきた。

こっちはもう、とっくに仮面被っとるがなwと思う。

 

不倫したい夫の言い分としては、相談する人が欲しかったと。

 

またしても「おい。独身の三十代に嫁姑とか子育ての何が分かるっちゅーねん。

しかも何やwポッチャリ系って。相談なら体型関係無いやろw」

 

夫、何にも言えず。

 

この時、夫の激昂が収まっていたのは友達探しと称した出会い系サイトのフ〇ボのハンドルネーム、ちびすけとメールで繋がれたからだった。

 

その後、もし離婚した時に子供1人だと心理的負担がかかって「お母さんは可哀想」「お母さんが、可哀想だから彼氏とのデートにお母さんも連れて行きたい」と言う毒子になってしまう事を不安に思う。

 

なぜ、そんな発想と思われるかもしれないが

スピリチュアル狂の叔母と従姉妹がそうだからだ。

毒母が「〇〇(わたしの従姉妹)だって、彼氏できたりするんだから、少しは自由にさせてあげないとね」と言うと

叔母「〇〇ちゃんは、ママもデートに連れて行ってくれるもんねー」と従姉妹の顔を見ながら言って

従姉妹も頷くというやりとりを聞いて

ママは可哀想なの!と、言う親になりたくなかったからだ。

 

実際、叔母は不倫をしていた。

そして、夫が子供に対して何もしてくれないと言う事を理由に離婚した。

不倫していると分かったのは、電話占いで恋愛について相談していると言う話からで

結婚してて、恋愛?夫婦仲を良くしたいとかじゃなくて?と思っていた。

 

その後、すぐにわたしも知っている男性が週末出入りしているのを見ていて

離婚したから付き合いましょうなんて

子持ちが、そんなにスムーズに行くわけがないと、

子持ちで離婚して、彼氏なしの友達見てきたからだ。

 

勿論、離婚して数年後に彼氏が出来てる知人も数人いる。

だが、離婚と同時には余りにも出来すぎた話だろう。

 

出会い系をする夫

子供に発覚したアトピー性皮膚炎との付き合い方は、とても大変だった

 

食物アレルギーを検査したところ、大豆、米でさえ

結構なレベルで

栄養が偏ると体に良くないから、抗アレルギーの

薬を飲みながら

米、大豆、小麦粉は摂取し

卵、牛乳、鶏肉は2歳までは一歳食べさせないようにとの事。

 

最近は、乳製品アレルギーの子も飲める粉ミルクがあるようだけど、その時は発売したて。

ミルク育児じゃなくて良かった、と思った。

が、

「ユキチさん、何でミルク飲ませんと?

〇〇君(夫)は、ミルクで育っちょうき、

大きくなったんよ」

「母乳なんて、駄目ばい。栄養が入っとらんきね」

 

母からの免疫があげられますけど。

何なら、母乳に入ってるペプチド重要ですけど。

 

わたし「子供、乳製品アレルギーなんで」

トメ「うちには、アレルギーなんて一人もおらんばい。」

わたし「〇〇さん(夫)、銀製品アレルギーですよ?知らなかったんですか?」

姑、口を尖らせる。

 

こんな、やり取りを会うたびしていた。

 

ある日、夫が携帯を変えて子供がおもちゃとして遊びだす。

 

デパートに行くたび、トイレに行くといって数時間待たされた。

赤子連れなのに。

初めての育児、アトピーのケアで触れぬようにしていたが

わたしは感が鋭い。

 

感の働くまま、使ってない携帯を見た。

中学生か小学生高学年の女の子のスクール水着画像。

わたし、愕然。

警察案件だが盗撮ではなく

コレを売りにしてる業界の人たち。

警察が取り合ってくれるはずもない。

 

そうして、出会い系サイトと思わしきサイトの名前を見つけた。

卑猥な画像だらけ。

 

メールを開くと、女とのやりとり。

 

まずは、出会い系サイトの名前とハンドルネームを自分のサイトから調べた。

 

会って話せる友達募集

●年上が好きなんで31歳位まで

●ポッチャリ系

●独身

 

やる気満々じゃねーか。

ここで、ブチ切れ仕事中の夫に電話

子供が触っていたら、こんなもんが出てきたと言うと

発狂

「すぐ帰るから待ってろ、ぶっ〇ろしてやる」と

言われ即警察に通報。

 

警察に一部始終話すと、夫帰宅。

警察、「ご主人、小児性愛者ですか?それとも不貞行為ですかね。」

夫「こいつ(わたし)が、悪いんだぁぁあぁ」と

大絶叫。

警察「(苦笑い)まあまあまあ。夫婦のすれ違いは何処でもあるんですが、お子さん起こしちゃ良くないですよ。

それと持ってる画像が犯罪に繋がる事、メールは不貞行為に結びつく行為がマズイんですよ」

夫「(無言でカバン投げつける。テーブルに置いてある携帯をへし折る)」

警察「余りやると、一緒に警察にいきますよ?」

夫「(頭を抱えている)」

 

警察から、手を挙げられたらすぐ連絡ください。

現行犯逮捕しますんで。

と言い帰ってゆく。

 

夫も仕事に戻る。

捨て台詞に夫「全部、お前のせいだからな。

許さねーからな。」

実はこれは、出会い系、不倫願望男の序章だった。

 

産後の義母との関係

産後は毒母と父より帰宅の早い、祖母の家で休む事にした。

 

産後「赤ちゃんのお世話をしたいき〇〇駅までどう行ったら、良いか教えて」と姑

 

自分の子供さえ育てられなかった婆さんが何を言うかと、親族で呆れる。

夫に「お義母さんから行き方を教えてと言われたが、こちらは手が足りている。

堕ろせと言った赤ん坊を、どうされるか分からない」と言うと

夫、わたしに激昂。産後の肥立やらなんやらの時に電話先で怒鳴られる。

夫「お母さんが、赤ちゃんのお世話したくて何が悪い」

わたし「いや、育てられてないじゃん。一歳満たない子に哺乳瓶わたして放置とか」

いきなり電話を切られる。

この時は、子供の為に怒鳴り返す等出来なかった。

怒号は絶対、赤ん坊の脳に良くないと心理学を学ぶ前だけど母の本能で我慢した。

 

子供を産みたての母は、本当に凄いと思う。

寝起きの悪いわたしが、グズリ出すとパッと目が覚めお世話ができて産着が汚れれば、すぐに

チビクリン(乳幼児用漂白剤)を適量入れたバケツに漬ける。

平熱を知る為に、毎日体温測定。

 

休み毎に、夫は子供に会いにくる。

 

そうして、ある日義母予告なしに

夫と共に現れる。

 

いきなりの来客に焦る、祖母。

 

そうして義母恒例の【挨拶ができない】

 

祖母は丁寧に挨拶してるのに、ひょこひょこ現れて

何も言われてないのに座る。

 

そうして、息子の母と名乗る前に

「〇〇〇〇の家内です」

いや舅案件じゃなくて、息子案件ね、コレ。

 

祖母、口ポカーン。

 

これが、全て脚色なしの事実だから呆れを通り越す

吉本かドリフのコント

何かツッコミ欲しかったんだろうか…

 

その後1ヶ月検診が終わり乳児湿疹に悩まされつつも

新居に帰る

3ヶ月を過ぎた時アトピーと診断され

3時間起きにお世話プラス皮膚にプロペトで保湿をして、昼は日光浴の為にお散歩と家事、掃除。

 

そうして、夫の休みの日いきなり出掛けるから用意しろと言われる

久々のお出掛けで、わくわくするも

 

行き先、夫の実家。

 

出される物は、惣菜。

昼間から電気を付けて、カーテン締切。

空気が澱んでる、苦しい…

 

帰りの車で、夫が「これから週に一度、実家に行って、お母さんに子供会わせて、懐いてもらうから」

子供の前では、言い返せない。

言い返したらケンカになる…

泣くしか出来なかった。

 

泣いてる、わたしに夫

「うちのお母さんが何か、悪い事でもしたっていうのか?あの人は苦労してるんだよ!」と怒鳴られる

 

夫家族は怒鳴って、相手を支配しようとする。

そう、育てられたんであろう。

だが泣いて反抗し続けた。

緊急時、人の本性が出る

そうして、新居を紹介する等して

あっという間に十月十日経った。

微弱陣痛が来た為

毒母が昔働いてた産院に通っていたので

その産院に向かった。

 

何故かイライラしながら夫が来る。

 

陣痛で、心が半狂乱になってる中

姑から電話鳴りまくり。

夫とわたしに交互に掛けていて、更にわたしの実家、祖母宅に

陣痛中の5時間位、電話を掛けまくっていた模様。

 

そうして、もう間も無く生まれそうだから分娩室

行くよと助産師さんに言われ

 

分娩室に入ると、夫がいない

立ち合い出産じゃなかったっけ…

 

助産師さんに聞くと「お母さん迎えに行くって言ってたけど…」

そこで、わたしは我に帰る「それ、自分の母親だと思ぅぅぅぅ」

助産師さん「マザコンなの?じゃあ、お母さんに電話してくるね」と言われ毒母を呼んでくれた。

 

結局、毒母が立ち合い出産

姑よりは遥かにマシだけど

 

そうして、生まれて来てくれた我が子

途中で、毒母消える

後々聞いたが、毒母が夫から怒鳴り帰らされたらしい

 

産後の処置最中に、いきなり夫が入ってきた

「処置中です」と一度目助産師さんに怒鳴られる

(ざまぁねえやと思っていた)

処置が終わり、夫だけかと思いきや

ゾロゾロ数人いる…

高校生の夫の弟の後ろに、姑…

 

痛みから解放されたわたしは

いつもの理屈的な思考で

年頃の男の子に見せるものではなくない?

と、思った。

 

姑の第一声

「次は女の子お願いしますね。

わたし女の子育てた事ないき、女の子が育てててみたい!」

いや。夫の姉、産んだじゃん。育ててないけど…

改めて書いてみるとこの姑、昭和の少女漫画ポーズを取るのがコミュニケーション上での自己表現らしい。

 

その姿を、目を細めて見つめる戸籍上の続柄 夫と舅

鳥肌、さぶいぼ

 

また、話が離脱したが

此処で完全に生き物として、おかしい事が露呈して

今後どう付き合うか憂鬱で号泣。

 

そうして助産師さんに支えられて部屋に行くと、

紙袋が2つ

中には使い古しまくった、わたしの親族じゃ選ばない色とデザインの幼児用の衣料が置かれていた。

恐らく夫の弟の物だ。

わたしだったら、嫁に何言われるか分からないから

出来ない。

現に、その時既に姑はわたしのネタだったので。

 

嫁目線からしたら、無理。

 

そうしてわたしの家族や親戚が来てくれ、当時地元の友達と縁を切りたかったので

毎日、姑が来てると言い断った。

わたしは義務教育を卒業した所は地元だと言いたくない。

新興住宅地だったのでドングリの背比べ。

なのに、ムラ意識が強く苦手だった。

姑と夫の異常性

「うちは嫁姑問題ないよ。親にも会わなくて良い。

うちの親、他人に会えないから」

って言葉が有ったから結婚しようと思ったのに。

婚姻届は何とか書いてくれたものの

姑から、わたしへの冒涜の謝罪

うちの親への御礼はない。

 

そうして、家に帰ればどれだけ大切に育てたかと

、出て行かないでと、毎日泣き(叫び)ながら説得されたらしい。

給与を搾取する為。

 

今までされた事を思い出せと

言ったが

 

求めていた【母親が自分を見てくれる事】を手にした夫には、わたしの言葉は届かなかった。

 

結婚は間違いだったと思う矢先、妊娠が発覚

夫は実家に軟禁。

父は、わたしとお腹の子の面倒を見る気でいたと

後々聞いた。

わたしとお腹の子が住めるよう、色々考えてくれた。

 

そうして実家からでる勇気がない夫から

「今回は諦めて貰え」と姑から中絶を強要されたと電話があった。

初めての妊娠で、つわりも酷くホルモンのバランスも崩れている中で

夫と姑から「堕ろせー!」喚く電話が毎時間交互で掛かってきた。

 

わたしは認知しなくて良いから、もう会いませんと言い産むことにした。

あの時に、わたしはパニック障害になったんだと思う。

続柄だけの夫は実家から戻ってこない。

わたしは、実家と祖母の家を行き来し休む事にした。

 

毒母がフルタイムで働いてる為、家事や犬の散歩はわたしがして

父や弟と話したり、犬達と遊んだり

父と弟のお弁当を作ったり

独身の時代は、あの時間が一番幸せだったかも知れない。

一番守ってくれるのは父だと本気で思った。

 

そうして、新しい家族が増える喜びでベビーベッドまで用意した矢先に

姑が舅に、わたしが妊娠した事をやっと報告して、姑と夫は怒られる

「折角授かった命を何だと思ってるんだ」

 

この一言で、夫は父になる決意したようだ。

姑は、人格が入れ替わって急に「赤ちゃん楽しみ

、うちの隣に引っ越してきなさい」「名前はわたしが、決める」と命令をしだした。

そうして、わたしはやっと姑と直接対面する事になる。

 

わたしは、丁重に挨拶をして夫の家にお邪魔したが

姑は挨拶が出来ない。

今までの非礼の謝罪がない。

自分の息子が、わたしの実家で生活させて貰って一言の礼もない。

 

逆に、「皆んなで、仲良くしよるき。なんでわたしは入れてくれないんって思ったんばい」

と、

昭和の漫画みたいなポーズ(左右の親指を立てて人差し指を左右突っつき合う、あのポーズに上目遣いで

オマケに下唇を突き出してる)

と、うらみ言を言われた。

 

そして、そのポーズとその顔は未だにやる。

ときめきトゥナイトの、作者さんだって絶対もう書かないやつ…

 

あの不快極まりない言葉と表情とポーズは、脳裏に焼き付いてしまい忘れられない。